パリのファン・ゴッホのアパート

パリを訪れたならば、絶対行きたいところの一つが、モンマルトルのファン・ゴッホのアパートだった。
彼が絵画で花開いたのはもちろんアルル時代である。しかし人との関係・交わりという意味で最も幸せだった時期はパリ時代ではないかと思う。
もちろん、アルルでゴーギャンを待ちわびる時も幸せだったかもしれない。
しかしやはりパリ時代が1番、人として幸せだったと思う。
彼は人を愛し、人と語ることを好む。それがエスカレートして相手が負担になることもあるが、とにかく話すこと、まして好きな絵画や文学を語りあえる仲間がいたことは彼にとって大きな喜びだったに違いない。そしていつもそばには最愛の弟、テオがいた。

彼がアルルに行ったのも、パリにはない明るい太陽を求めたためもあったが、画家同士が同じ家に住み、助け合いながら、自立した画家の共同体、ユートピアを作りたかったからだ。
彼の考えるユートピアの土台が彼のパリ時代だと思う。

ファン・ゴッホのアパートはモンマルトルのRue Lepic54にある。地下鉄の
Blanche駅からRue Lepicを目指したが、なかなか見つからず、地図や周りの標識をみると、どうやら反対方向であったことに気づいた。
お犬様のフン(略してお犬様)を踏むことを恐れ、地図を見ることも中途半端だったのが最大の原因。
そしてもう1度、Blanche駅に戻り、Rue Lepicを探す。ここから、ちらほらお犬様が・・・。
前日はオルセーに入り浸り、付近で見かけたものの、想像を超えるものではなかった。
しかし!!モンマルトルはさすが庶民の場所。下を見ないととてもじゃないけれど、歩けない。

まずはRue Lepic50のドガのアパート(アトリエ)の前を通る。ここは何の案内もなく、ドガが住んでいたことなど、ほとんどの人は知らないだろう。
そして少し歩くとファン・ゴッホと弟、テオのアパートが見えてくる。


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外装の手入れは何度もされているが、建物は1886年のままである。
「フィンセント・ファン・ゴッホと弟テオが1886年から88年まで住んでいた」という表札がなければ、ただ通り過ごしてしまう普通のアパートである。

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ファン・ゴッホ兄弟の部屋は4階だそうだ。彼が4階から見て描いた『ルピック通りのゴッホの部屋からのパリの眺め』を観てみよう。
これはパリに来てから約1年たっており、スラーやシニャックの影響を得ていたことがうかがえる。
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このアパートの外観は変わっていないが、ドアはどうだろう・・・。たぶん変わっていないような気がする。
そしてドアハンドルは??ファン・ゴッホも触っている??もしかしてこれも変わっていないかもしれないと思い、私も触ってみる!!かなりオタクだけれど、すごく感激!!
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しかし、下を見ると、またもやお犬様が・・・。いい雰囲気をこわさないで!!

1886年~1888年、ファン・ゴッホはここに住み、短い間だったが画塾に通い、ロートレックやベルナールと親しい友人になった。そしてテオの紹介で、ピサロやドガなどの印象派と出会い、さらには印象派を消化したスーラーやシニャックの影響を受ける。
またモンマルトルの画材屋のタンギーに出会い、ファン・ゴッホの作品と画材を交換してもらったり、小さな絵画展を開いたり、ここにはファン・ゴッホのパリ時代がギュッと詰まった原点だ。
建物に入っていく姿や、絵を持って出かける姿を想像したりと、またまた浸ってしまったのである。

その後ムーランド・ラ・ギャレットの前で写真をとり、ファン・ゴッホやルノアールのことを思う。ルノアールを思い出したのは、前日、オルセー美術館で鑑賞した彼の『ぶらんこ』があまりにもすばらしかったからだ。
そしてこのあたりは、まさしくユトリロの絵の雰囲気だった。

次はファン・ゴッホが描いたモンマルトルのカフェレストラン『ラ・ガンゲット』(現在はオーベルジュ・ドゥ・ラ・ボンヌ・フランケット(Auberge de la Bonne Franquette)に行ってランチを食べ、サクレ・クール寺院に行き、最後はテルトル広場で肖像画を描いてもらい、一生の思い出にするつもりであった。
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それが数分、地図と足元を気にしながらユトリロ気分を味わっていたら、いきなりお犬様の大群が!!それは想像を超えるものであった。避けて、跨いでよけれるほどの量や広さではない!!前方は一面、お犬様なのである(畳一畳以上)。
私の予想では、目的のカフェレストランにはまだまだだ。この先、このような場面に再度遭遇することは容易に想像できる。
そのため、ランチと肖像画は泣く泣くあきらめ、さらにタンギーの画材屋跡に行くこともあきらめ、こうして、ファン・ゴッホのモンマルトルの旅はあっけなく、終わってしまったのである。


☆ファン・ゴッホ 『ルピック通りのゴッホの部屋からのパリの眺め』 油彩 1886年 ファン・ゴッホ美術館
☆ファン・ゴッホ 『ラ・ガンゲット』 油彩 1886年 オルセー美術館 


追記:
パリのファン・ゴッホのアパートの情報を検索していたら、日本人の画家で、ファン・ゴッホのアパートに2年間住んだことのある方のブログを発見!世の中には、恵まれた方がいますね。。。
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by van__gogh | 2012-08-16 22:21 | 2012年パリ | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 212.com at 2012-08-30 23:56
タイトル : モンマルトル巡り2011
美術班仲間のYさんが今年のGWにモンマルトルを巡ったそうで、その記事にトラックバックしつつ昨年秋に自分が巡った時の写真をアップしようと思いまっす。 格調高いYさんのエントリはこちら:パリのファン・ゴッホのアパート 2005年に一度廻った道をあの時とは逆回りで巡りました。 2005年の記事はこちら:画家の足跡を辿る旅:モンマルトル前編~レピック街を行く                 画家の足跡を辿る旅:モンマルトル後編~ユトリロの風景 前回は雲一つない晴天の空の下廻ったモンマルト...... more
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