エドワード・ホッパー『ナイトホークス』


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とても静かなニューヨークの夜。
周りのビルの電気が消え、このダイナーだけが目立つ。暗闇とぶつかり合った光が一層、この店を浮かび上がらせている。見事な光の効果である。
ニューヨークで活躍したエドワード・ホッパー(1882‐1967)の描いた「ナイトホークス(夜更かしする人々)」(1942)だ。
1942年といえば、第2次世界大戦の真っただ中。この絵からもアメリカは軍事関係だけでなく、生活面、文化面でも、はるかに日本より優れていたことがわかる。日本が戦う相手ではなかったような気持ちにさえなる。
彼が描いた都会のアメリカ人の心とはどのようなものだったのだろうか。
「ナイトホークス」のモデルはカフェの店員と男女のカップルと後ろ姿の男性の
4人。彼らには冷たさと異なる「個」というものを感じてしまう。
ホッパーの絵の多くが、人物にあまり感情を入れず、光で表情をつける。そのため、1人1人の存在は孤立感がある。鑑賞者が表情を付け加えてもいいだろう。2人の男女はホッパーの作品には珍しく、会話をしているようだ。しかし、心の中に強い「自己」というものを持ちながら、相手に対して言葉を選んでいるようにも見える。
店員は客の様子を伺いながらも、少し疲れた感じである。そして、後ろ姿の男性は1人で何をしているのだろうか。背広に帽子姿。頭を少しさげ、テーブルに両肘をついている。おそらく、勤め帰りなのだろう。仕事や家庭の悩みに思いふけっているのだろうか。それとも昔の出来事を思い出しているのだろうか。
アルコールではなく、コーヒーというのもいい。
多くの人が「ナイトホークス」に惹かれる理由の1つに、この後ろ姿の男性と自分を重ねられるところではないだろうか。
アメリカは「自由と平等の国」と言われながらも、その裏では、厳しい競争と自己責任が問われる社会である。
精神面で、カウンセリングに通う人も多い。自分の正当性を主張するために、弁護士を立てることも日本とは比較にならない。誰もが自分を守ることに必死なのだ。その結果、自分が1人になってしまう時もあれば、自ら1人になりたいと思うこともある。都会であれば、なおさらだ。
彼の作品は「悲観」を表すものではない。都会で生活していれば、誰もが多かれ少なかれ感じる「孤独の一瞬」をわかりやすく描いている。だから多くの人が、彼の作品に共感するのだ。
そして、ホッパーの絵には、必ず都会の人々に対する優しいまなざしもある。
彼自身、「静かな男」と言われ、自分の生活や作品に対して、多くを語らなかったという。これは彼の後ろ姿でもあるのではないか。
ホッパーの作品の中でも人気のある「ナイトホークス」はアメリカ3大美術館の1つ、シカゴ美術館にある。なぜか、この美術館には彼の作品がこの一作のみ。それも、展示室の片隅にひっそりとある。少し意外でもあった。しかし、絵の前にたどり着いた時、この場所が、いかにもホッパーらしく私には思えたのだ。
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by van__gogh | 2006-04-04 10:20 | アメリカ人画家 | Trackback | Comments(0)
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