アンドリュー・ワイエス 『クリスティーナの世界』

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大草原の中にいる女性はどうしたのだろうか…。髪が乱れ、腕と足の細さに気づく。少し先にある家を目指しているようだ。実は小児麻痺が原因で歩行ができず、かわいそうなことにこの大草原を這っているのだ。彼女の細い腕にある、数え切れない生きてきた皺に、心から感動してしまう。
彼女の名前はクリスティーナ。アメリカ最北端、メーン州の漁村・クーシングで生まれ、この寒い土地で、一生を過ごした。料理と、9月には初霜が降りるこの場所で、ストーブにマキを入れ続けることだけが、彼女の仕事であった。
それでもクリスティーナは、小さいことに喜びを感じ、たくましく、そしてつつましやかに生きた女性である。この時も、近くにある家族の墓地へ祈りに行った後、丘の上にある自宅に戻る途中であった。家までどのくらいかかるのだろうか…。
そんな彼女の家に、毎年夏になると避暑のためにやってくる画家がいた。
アンドリュー・ワイエスである。彼は、クリスティーナの家の2階をアトリエとして借り、時々窓から、丘を昇り降りする彼女を見ていたのだろう。足の替わりに指先で、しっかりと大地を踏みしめている、懸命に生きる彼女の姿を。そして描いた作品が、この『クリスティーナの世界』である。
「アメリカの都会の孤独」を描いた画家として知られるのがホッパーだ。一方、荒涼とした大地の中で生きる「アメリカの田舎の孤独」を描いた画家がワイエスである。
大都会の華やかな雰囲気の中の孤独も寂しいが、見渡す限り、大草原の中での孤独はもっと寂しい。しかし、その中で、しっかりと生きれば、本当に怖いものは何もないのかもしれない。それが、クリスティーナだ。
彼女は車椅子の寄付を最後まで拒み、大地を這って生きぬいた。クリスティーナの一途さと、生まれ持ったものを素直に受け入れ、必死に生きる姿に、私もワイエス同様勇気をもらってしまう。
彼女は夏になると、この土地でとれたブルーベリーを使って、パイを焼くことが得意だったという。パイが焼き上がると、2階のアトリエで絵を描いているワイエスに声をかける。
きっと彼は、仕事が一段落すると、おいしそうな匂い感じながら、喜び弾んで、階段から降りてくるだろう。

☆アンドリュー・ワイエス『クリスティーナの世界』 1948年 テンペラ ニューヨーク近代美術館
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by van__gogh | 2007-06-16 21:47 | MoMA | Trackback | Comments(0)
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