ピカソ 『ガートルード・スタインの肖像』

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「やがてモデルの方が肖像に似てくる」・・・こんな強気の発言を堂々とモデルにした画家。
それは、ピカソだ。
描かれた女性はフランスで活躍したアメリカ人女流文学者、ガートルート・スタイン(1874-1946)。
ピカソは彼女の肖像に手こずり、なんと80回もポーズをとってもらったと言う。
それでも思うように描けず、絵から逃げるように、母国のスペインに旅立つ。そこでスペインの彫刻に惹きつけられた。さらにパリに戻ってからは、ルーブル美術館で、スペインの古代彫刻であるイベリア彫刻の展示に感心をよせる。その後完成したのが、この『ガートルード・スタインの肖像』だ。
私は、この絵を初めて画集で観た時、男性だと思ってしまった。だから、ガートルートの気持ちも頷ける。あまりの力強さ。神経質さ。もっと細かく言えば、彫刻のような切り刻まれた表情に怖ささえ、感じてしまったからだ。
ガートルートは、その後、ピカソの描いた肖像に似てきたのだろうか・・・。それは何とも言えないが、その後も2人の親交は深まっていく。
彼女は、最初、マティスの作品を買っていたが、どんどんピカソの作品を購入し、お互いの作品にも大きな影響を与え合っていた。
さらに、ピカソは翌年、キュビズムの創造として、『アヴィニョンの娘たち』(1907)を発表する。この作品は、イベリア彫刻と、ネグロ彫刻とが大きな影響を与えたと言う。
当事の美術批評家たちからは、あまりにも奇抜な発想として酷評を浴びてしまうが、真っ先にガートルートはピカソのキュビズムに共感したようだ。
彼女は、自分の肖像画を気に入らなかったかもしれないが、この作品こそ、ピカソがキュビズムへ向う大きな橋渡しと言えるだろう。
現在、『ガートルード・スタインの肖像』は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館に所蔵されている。
実物は、思ったほど大きな作品ではなかった。しかし、彼女の肩や手には丸みがあり、茶系を使っているのに、トゲのある怖いまでの鼻筋や目の表情。そのアンバランスさが、観るものにぐっと迫る存在感と緊張感を与えてくれるのだ。


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                       後のガートルート

☆ピカソ 『ガートルード・スタインの肖像』 1906年 メトロポリタン美術館
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by van__gogh | 2008-05-04 19:32 | ピカソ | Trackback | Comments(0)
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