カテゴリ:ピカソ( 4 )

ピカソ 『酒場の2人の女』

何と寂しい女性たちの後ろ姿だろうか。作品を観るなり、2人の悲しい心情が伝わってくる。ピカソの『酒場の2人の女』 (1902年)だ。
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薄暗い酒場の椅子に座っている2人は、服装や女性2人ということから、きっと娼婦か何か、社会から軽く見られている仕事をしているのだろう。
疲れきっているのか、むなしくてしかたがないのか、会話をしていないように見える。まだ解決方法が見つからず、ことによると、与えられた運命を背負わなければならないのかもしれない。
左側の女性の胸から膝にかけてのL字型の曲線は大きい。下半身をこれだけひねるのは実際、少し苦しいかもしれない。曲線の深さで、ピカソはこの女性の辛さの度合いを表している。座っている椅子はやや横向きであり、椅子の位置など、かまっていられないのかもしれない。一方、右側の女性の背中は丸みを帯び、両膝を立てている。うなだれた顔が少しだけ見え、彼女の落胆ぶりが伺える。ショールで上半身を覆い、左側の女性より悩みが深いのではないだろうか。
ピカソが最も感情を移入しているところは、2人の背中の深く大きな影だろう。重荷の大きさを影で表現しているのだ。
ところで、どんな天才画家でも摸写をする。よく似た作品を描く場合もあれば、そこから展開させていく場合もある。天才の名をほしいままにしたピカソも、実は、多くの画家の模写を繰り返した画家でもある。 
ピカソの摸写が他の画家と違う点は、ただ真似をするのではない。少し変化させたり、自己流に写しかえるのでもない。その原画を完全に自分のものとして消化し、自分だったらこう描くという大展開をさせてしまうところだ。
「酒場の2人の女」も、モーリス・ドニの『ミューズたち』の中央の女性たちを摸写したと言われている。
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ドニの描いた女性たちは、あくまでも森のミューズ(女神)たちである。顔の表情はほとんどなく、形と線による装飾から成り立っている。そして、紅葉の季節なのであろう。きれいな茶色を多く用いている。
しかし、『酒場の2人の女』は完全にピカソのオリジナルになっている。ドニの模写ということをすっかり忘れてしまいそうだ。
ピカソは22歳という若さでこの作品を描いた。抜群のデッサン力や色彩感覚だけではない。彼には人の心の奥深くを見抜く、特別な能力があったとしか思えないのだ。
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by van__gogh | 2010-06-30 23:07 | ピカソ | Trackback | Comments(0)

ピカソ 「魂のポートレート」

現在、サントリー美術館で、ピカソ展「魂のポートレート」という興味深い展覧会が開催中だ。

パリのピカソ美術館が改修中のため、その期間、ピカソの作品を大々的に貸し出すという絶好の機会に恵まれて、このような展覧会が実現した。
ピカソ美術館は名前どおり、ピカソの作品、それも、彼が最期まで手放さなかった貴重な作品が収蔵されている。まさしく「ピカソの魂のポートレート」なのである。
今まで、ピカソの作品で感動した絵は、数限りなくある。
そしてどの絵にも「魂」と言うものを感じる。彼が生涯、絵を深く愛し、人を情熱的に愛したからだろう。
さらにピカソほど、人間の奥深くを見つめた画家、悲哀を見事に描いた画家はいないのではないかとも思う。彼の描いた『盲人の食事』や、『アイロンをかける女』からも、彼の内面の深みを感じ取ることができる。

彼はもちろん他人だけでなく、自己を見つめる画家であった。そして、自分の心の内を絵に表す画家だ。自画像はまさしく、その瞬間の彼の思いを表していると言えるだろう。

今回、サントリー美術館でも数点の自画像が展示されている。

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まずは1901年末に描かれたの『自画像』。20歳の若々しさは全くない。
この自画像が描かれた約10ヶ月前、一緒にスペインからパリに出てきた、親友のカザジェマスが、失恋の悲しみから自殺してしまう。
最も大切な友を失ったことが原因か明らかではないが、当時彼の描いた作品は、貧しい人々や苦しんでいる人々がモデルで、その色に「青」を選んでいることから、「青の時代」と言われている。
安いモンマルトルの住まいでは、十分な暖房などなく、たくさん着込んだのだろう。
しかし、あまりにも大きな上着の存在に、彼が心に秘めた大きな志や自信がこの中に隠されているかのようだ。

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そして、1906年に描かれた『自画像』。「青の時代」が終り、「バラ色の時代」に描かれた作品だ。
名前の通り、ピンク色のバラのように、若々しさが感じられる。肩の力が抜け、開放感が伝わってくる。
そして、よく見てみると、丸みの中に、少し尖った感じもあり、翌年に描かれた『アヴィニョンの娘たち』を予告する作品だ。

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今回の展示会で忘れてはいけない作品が、亡くなる前年、90歳の時に描かれた『若い画家』だ。
タイトルは『若い画家』だが、これはまさしくピカソ自身である。
20歳の時には若さを感じさせない自画像を描きながら、90歳になると青年になる。渋い色を選びながらも、表情は若いままなのだ。
ピカソはいつもそうだ。人がやれないことに、どんどん挑戦していく。貪欲に。それでいて柔軟に。
いつまでも創造力・革新力は衰えていないことを、そして心の中は若さで溢れていることを、私たちに語りかけているかのようだ。


☆パブロ・ピカソ 『自画像』 1901年 ピカソ美術館
☆パブロ・ピカソ 『自画像』 1906年 ピカソ美術館
☆パブロ・ピカソ 『若い画家』 1972年 ピカソ美術館
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by van__gogh | 2008-10-13 23:14 | ピカソ | Trackback(1) | Comments(0)

ピカソ 『ガートルード・スタインの肖像』

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「やがてモデルの方が肖像に似てくる」・・・こんな強気の発言を堂々とモデルにした画家。
それは、ピカソだ。
描かれた女性はフランスで活躍したアメリカ人女流文学者、ガートルート・スタイン(1874-1946)。
ピカソは彼女の肖像に手こずり、なんと80回もポーズをとってもらったと言う。
それでも思うように描けず、絵から逃げるように、母国のスペインに旅立つ。そこでスペインの彫刻に惹きつけられた。さらにパリに戻ってからは、ルーブル美術館で、スペインの古代彫刻であるイベリア彫刻の展示に感心をよせる。その後完成したのが、この『ガートルード・スタインの肖像』だ。
私は、この絵を初めて画集で観た時、男性だと思ってしまった。だから、ガートルートの気持ちも頷ける。あまりの力強さ。神経質さ。もっと細かく言えば、彫刻のような切り刻まれた表情に怖ささえ、感じてしまったからだ。
ガートルートは、その後、ピカソの描いた肖像に似てきたのだろうか・・・。それは何とも言えないが、その後も2人の親交は深まっていく。
彼女は、最初、マティスの作品を買っていたが、どんどんピカソの作品を購入し、お互いの作品にも大きな影響を与え合っていた。
さらに、ピカソは翌年、キュビズムの創造として、『アヴィニョンの娘たち』(1907)を発表する。この作品は、イベリア彫刻と、ネグロ彫刻とが大きな影響を与えたと言う。
当事の美術批評家たちからは、あまりにも奇抜な発想として酷評を浴びてしまうが、真っ先にガートルートはピカソのキュビズムに共感したようだ。
彼女は、自分の肖像画を気に入らなかったかもしれないが、この作品こそ、ピカソがキュビズムへ向う大きな橋渡しと言えるだろう。
現在、『ガートルード・スタインの肖像』は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館に所蔵されている。
実物は、思ったほど大きな作品ではなかった。しかし、彼女の肩や手には丸みがあり、茶系を使っているのに、トゲのある怖いまでの鼻筋や目の表情。そのアンバランスさが、観るものにぐっと迫る存在感と緊張感を与えてくれるのだ。


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                       後のガートルート

☆ピカソ 『ガートルード・スタインの肖像』 1906年 メトロポリタン美術館
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by van__gogh | 2008-05-04 19:32 | ピカソ | Trackback | Comments(0)

感動の絵を再び

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どうしても、この絵をもう一度観たかった。
数年前、東京で開かれた「メトロポリタン美術館展」で観た、ピカソの「盲人の食事」(1903)だ。
そして、この絵をニューヨークのメトロポリタン美術館で、再び観ることができた。
ピカソは誰もが20世紀を代表する芸術家だと言うだろう。しかし、彼のキュビスム以降の作品ばかり観ていたころの私は、他の惑星からきた作品のようで、理解しにくかった。
その後、人間の悲しみや、ありのままの姿をリアルに描いた「青の時代」を知り、彼の作品に急に惹きつけられていく。
「青の時代」とは、1901―1904年までをいい、親友の自殺がきっかけで、悲しみ、苦しみを表す色として、青系統の色を選んだようである。
「青」という色は不思議な色だと、時々思うことがある。人は、しばしば「今日はブルーなの」と言う。「憂鬱」や「不調」の意味を表す色である。一方、「青い空」「青い海」のように、さわやかな希望の色でもある。
ピカソの「青の時代」はもちろん、前者の「青」である。
当時、彼は不安な生活を送る貧しい人々、体の不自由な人や老人たちを、作品として多くとりあげた。
私は、どことなく切なくて、寂しくて、画家の気持ちがこめられた「青の時代」に強くひかれる。
「盲人の食事」は美術館一階の「近代美術のコーナー」にある。
1903年、22歳にバルセロナで描かれたものだ。
作品の目の前に行くと、数年ぶりに観ることのできた喜びと内容の深さに感心してしまい、再び佇んでしまった。
ある人は、この作品の盲人がかわいそうで、絵の前に長くいられなかったと言っていたが、それほどリアル感がある。
私の場合は、いたたまれない気持ちを抱きながらも、繊細な描写に圧倒されて、見入ってしまった。こんなに心の底から湧き出る感動は滅多にない。
絵の背景と人物の洋服は濃い緑に近い青で描かれている。「青の時代」の他の作品より暗い青で描かれているのは、この人物の悲しみや苦しみが大きいからであろうか。
人物の眼と手の描き方に特に注目したい。眼は少し奥まらせ、ぼやかしている。この人物の眼が不自由であることを、絵はすぐ、わからせてくれる。
そして、より一段と近づくと、見えない眼で一生懸命、物を見よう、探ろうとしている、この人物の気持ちが強く伝わってくる。
口元や首筋には力が入っていることが明らかにわかり、静かな場所で、食事をするぐらいの小さな動作でも、精神を集中させて、物を探っている様子がうかがえる。
そして手の表情だが、この人物にとって、手は「眼」でもあるのだ。水差しをまさぐる右手。見えなくても、視線は右手の指先にある。そして、すでに食べ物を得た安堵の左手。手は長く、鋭敏に見える。
ピカソは「手の表情」をうまくとらえた画家の一人だと、私はいつも思う。特にこの触感で生活している人物の手の描写は、一段とよく描かれている。
何てすばらしい作品だろう。この人物の悲しみや苦しみ、そして計り知れない努力。ピカソの思いに秘められた細かい描写。そして、私の心の叫び。いろいろなことが交差して、感動でいっぱいになってしまった。 
東京に帰ると、また、ストレスのある生活が続く。そんな時、少し眼を閉じて、感動の絵を再び思い出して。

☆パブロ・ピカソ「盲人の食事」1903年 油彩 メトロポリタン美術館 
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by van__gogh | 2006-04-30 20:57 | ピカソ | Trackback | Comments(0)